[MENU]

7.思い出

 

翌朝、目が覚めると布団に神威の姿はなかった。

銀ちゃんはまだ眠っていて、私は一人で布団を脱け出した。

居間へと続く襖を開ければ、テーブルの上に一通の手紙が置かれていた。

“神楽へ”

手紙にはそう書かれていて、私宛てに綴られたものだった。

差出人はもちろん神威。

怖かった。何が綴られてるのか……

落ち着かない私は、手紙を読まずに物置の押し入れにしまった。

まだ読む勇気はない。

それに分かってる。この静けさと昨日のこと。神威はいなくなったんだ。

もう、戻ってはこない。

 

神威はどこに行ったんだろう。

あんな状態で一体どこに?

お金だけはいっぱい持ってるからどうにかなるかな?

だけど、一人で心配……なら私が面倒をみてあげる?

その自問に私は首を縦には振れなかった。

 

私達はもう一緒にはいられない事は、誰よりも私が一番よく分かっていた。

銀ちゃんを、私を苦しめる神威は、もう万事屋に必要ない。

それなのに私、胸が苦しいヨ。

神威のことは切り捨てるって決めたのに。

望みどおり神威は消えたって言うのに。

なのに、どうして私の体の真ん中はぽっかりと穴が空いたように、虚無感を覚えるアルカ?

銀ちゃんだって側にいてくれるし、新八だって定春だって。

淋しさとは違う、なんて言ったら良いかなんて分からないヨ。

ただ、二度も兄ちゃんを失ったような悲しみがあった。

 

私は居間のソファーに寝転ぶと、空っぽのまま天井を見た。

まだ起きたばかりだって言うのに頭がボーっとする。

そんな私の目を覚ますように電話が鳴った。

銀ちゃんはまだ寝てる。

相手は誰か。もし神威だったら何を話すの?

だけど、私は受話器に手を伸ばすと恐る恐る声を出した。

 

「もしもし――」

 

電話はパピーからだった。

どうも地球へなかなか向かえないとの連絡だった。

私は目を瞑ると一度大きく深呼吸をした。

そして、出来るだけ平静を装ってパピーに伝えた。

 

「神威、今朝出ていったから、もう来なくて良いんダヨ」

 

パピーはしばらく無言になって、それからそうかと小さく呟いた。

その声は少し残念そうに聞こえた気がした。

いくら家族でもパピーが神威をどう思っているか私は分からない。

でも、今の声を聞いた限りじゃ、パピーも本当は淋しく思ってる気がした。

神威がパピーの体を傷つけた事は許されないこと……だと思う。

確信はないけど。

だけど、パピーはそれを忘れても良いと思ったから、迎えに来ようとしたはず。

忘れることって、悪いばかりじゃないのかな。

私も頭の中の神威の記憶を消し去ったら、ラクになれるのかな。

 

その後、私はパピーと少しだけ他愛のない話をすると電話を切った。

少しは気分が軽くなった気がした。いつまでも滅入ってられない。

それに、私は銀ちゃんに笑顔でおはようを言わなきゃいけない。

私は伸びをすると、洗面の為に居間から出た。

すると、どこからか地鳴りのような音が聞こえる。

それが何かと耳を澄ませば、物凄い勢いで階段を駆け登る足音だと気付いた。

 

「神楽ちゃん!」

 

玄関から大声で飛び込んできたのは、血相を変えた新八だった。

 

「どうしたネ。お通ちゃんが深夜のお姫様だっこでもスクープされたアルカ?」

 

違うよと新八はロクにツッコミもしないで、私の腕を掴むと外へ引っ張りだした。

眩しい。

太陽に目が眩み私は顔を地面へ向けるも、すぐに頭上に影が出来た。

何かが太陽を遮った?

私はゆっくりと顔を空へ向けた。

 

「どういう……!?」

 

そこには大きな船が空へ上がっていくのが見えた。

だけど、それは既に半透明で太陽を透かし始める。

見つかってはいけない船。

そして、神威の失踪。

あの船は間違いない――春雨の戦艦。

 

「海賊船だよね、あれ」

 

新八はもう分かってるんだろう。

あれに神威が乗って行ったことを。

でも、どうして神威は?

私は神威が残していった手紙を思い出すと、急いで物置に駆け込み、それに目を通した。

手が震える。

これは一体どういう事ネ?

神威はたった一言しか綴らなかった。

 

“グラジオラス”

 

それはどこか懐かしい響きだった。

何だったけ、でも私はその言葉を確かに知っていた。

遠い昔、どこかで聞いたような――

神威はどういう想いでこの言葉を残したの?

意味はわからないけれど、悪い言葉には思えなかった。

 

あとから新八に聞いて知ったこと。

それは花の名前だってことだった。

花言葉は忘却。そして、思い出。

地球には咲いてない花なんだって。

私のいた星にしか咲かない花なんだって。

 

「……なんでそれ、知ってるアルカ。神威、なんで」

 

胸が苦しくなって、前が見れなくなって、私は大声をあげて泣いた。

幼かった頃の兄ちゃんとの数々の思い出が蘇ってくる。

一緒に遊んだこと、ご飯の取り合いをしたこと、お風呂に入ったこと、一つの布団で仲良く寝たこと。

本当は兄ちゃんも覚えてたの?私が妹だって、神楽だって。

それなのに兄ちゃんは……神威は妹の私を愛したの?

 

記憶は失われてなかったのか。

全部分かっててやってたのか。

どうしてこんな事をしたのか。

色々と考えが巡るけど、結局これも答えを出せない。

 

神威は全部分かってて……ねぇ、兄ちゃん。

全て忘れてるなんて嘘吐いて、どうしてヨ?

もしかして、そうしないと私に会えなかったアルカ?

忘れた振りして会わなければ私が許さないと思ってたアルカ?

もう、遅いヨ。

私は神威を一生許さない。

だけど、その花の通りそれを忘れてあげる。

私は神威といた日々を思い出に変えて、胸の奥の奥へとしまい込む事にした。

もう、誰にも触れられないように、何も感じないように。

 

2012/09/16

 [↑]