21.女神の泉
いつの間にか、私はサドと二人並んで歩いていた。
どこへ行くかは分からないけど、手だけはしっかり繋がってる。
だから、平気と言えば平気だった。
銀ちゃんは確かに私にとって大きな存在だけど、こうやって並んで歩いたり、昨日の夜みたいな事は想像すらしたことがなかった。
だけど、もしかすると銀ちゃんの方は違うのかもしれない。
私の隙をずっと狙ってるのかもしれない。
じゃなきゃ寝てる私にあんな事しないネ。
起きてる時じゃ私に勝てないから……
「おーい、総悟ォ!」
後ろから聞こえてきた声に私は飛び上がると、サドと繋がってる手を急いで離した。
振り向けばこちらへと駆け寄ってくるゴリがいて、サドは小さく舌打ちをした。
「……あり?近藤さんじゃねぇですか。奇遇でさァ」
「あ?なんだ万事屋のチャイナ娘も一緒か?」
ゴリは私達二人を変な顔で見ていて、あごに手を置くと首をひねった。
「もしかしてお前たち」
さすがに仮想空間での恋愛の覇王であるゴリに、私達の今までにないしっぽりとした雰囲気が伝わってしまったアルカ?
私はともかく、サドがゴリに秘密にしておきたいのかどうか分からないから、私は余計な事を喋らないように黙っていた。
「あ、近藤さん。そういや、さっきどこぞの姉上が向こうへ歩いて行きやしたぜィ」
「何?お妙さんが?」
ゴリはサドの言葉に目を光らせると、言いかけた言葉を引っ込めて通りの向こうへ駆けて行った。
私は平然とゴリをけしかけた隣のサドを見上げた。
「嘘ついたアルカ?」
「俺は誰の姉上かはっきり言ったわけじゃねぇ。その辺の娘もどこぞの姉上には違いねぇ」
そう言うと躊躇わずに私の体の横にある手を取った。
そんなサドに胸の奥がキュッとなって、唇を思わず噛み締めた。
震えてる左手はサドにも私のこの気持ちをしっかりと伝えてしまったらしく、サドは更に強く私の手を握った。
薔薇色。
まさに私の頬や視界は薔薇の花が咲いたかのように綺麗に染まっていた。
「真選組の連中には、テメーの事は言いたくねぇんだ。それが近藤さんであっても」
それを私は寂しいとは思わなかった。
理由なくしてサドはそうはしない筈だから。
あんなにアホでストーカーでどうしようもないゴリだけど、サドが慕ってるのを知ってるから。
そのゴリに秘密にするのは、ただ恥ずかしいだとかそんな理由ではないって思ってた。
「それはオマエが決める事ダロ。私は気にしないアル」
そう言った私をチラリと柔らかい表情で見たサドは、突然に道を逸れると、一本裏の人通りの少ない路地に入った。
「どこ行くネ」
「キスしてぇんだろィ?」
確かにさっきは不安になってどうしようもなくてあんな事を口にしたけど、いざ実際にするとなると私の心臓は破裂しそうで、昨日の夜の秘密の出来事が奇跡とすら思える程だった。
「あ、あれは、違うネ!しなくて良いアル!」
「何が違うって?確かに言っただろィ、キスしてくれって」
民家と民家の間の小さな隙間でサドは、私の手を離すとそんな事を言いながら詰め寄ってきた。
「さぁ、観念しろィ」
刀こそ向けてはこないけど、私を逃がさないと捕まえようとする姿は本物の警察官だった。
休みの日まで仕事するなヨ。
私はサドの隙を突いて逃げようとチャンスを伺うけど、刃のように鋭い眼光が私を逃がさない。
まるで私が犯罪者みたいネ。
「オマエ、ちゃんと警察アルナ」
「なら、テメーは……強盗だな」
私が強盗?
オマエから一体何を奪ったネ?
私が強盗だったら、こんなヘマせずに全て上手いことやってるアル。
だけど、迫り来るサドに私は壁際へと追い込まれた。
「こっちくんなヨ!」
「なんでィ、今更。昨日の夜はもっと」
「あぁ、もう言うナ!やめろヨ!」
私はサドの口を押さえると、それ以上私の鼓動を囃し立てないように制御した。
だけど、それでもサドは近付いてきて、燃えるような赤い瞳で私のハートに火を点ける。
それに私の手はサドの口を解放する。
鼻先が擦れちゃいそうな距離。
奪おうとしてるのは私じゃなく、どう考えてもサドの方だった。
とんだ不良警察アル。
「罪人はオマエネ」
「言ってろィ」
こんな場所でいくら人通りが少ないからって、私の視界を奪って、言葉を奪って、心を奪って、そして最後に唇を――
「許さなっ」
全部まとめて奪ってしまった。
本当、どっちが強盗ネ。
私はオマエから何一つ奪えてないヨ。
だけど、私はそう簡単に男に転がされるタマじゃないアル。
悔しいから、せめてオマエの理性くらいは奪ってやりたい。
カッコつけられないくらいに、もう全部ぶっ飛べヨ。
それで私に泣きそうな顔で懇願すればいいアル。
許してくれと。
こんなに天気が良くて、地面から立ち込める熱気に普通に立ってるだけでもやっとなのに、サドと私は絡まってほどけなくなった。
髪の先から舌の先、指の先から狂い咲き。
「ダメアル。立ってられないネ」
私はふらつく体をサドに預けてしまうと、自分の服や下着が思ってるよりも汗を吸ってしまってる事に気が付いた。
着替えたいし、お風呂にも入りたい。
私はサドの肩に火照る顔を埋めると本当に気を失ってしまいそうだった。
「今度、屋内プールでも行くか?」
サドはそう言うと私の頭を撫でた。
それが安らいで心地良くて、私はいつの間にか意識を失っていた。
気付いた時には万事屋で、煤けた天井と慣れ親しんだ肌触りに布団の中にいる事が分かった。
おでこの上には冷えたタオルが乗せてあって、私は自分が暑さで倒れてしまった事を知った。
まだスッキリしない頭ではあったけど、さっきから新八の何かを話す声が聞こえていて、私は体を起こすと襖の向こうへと足を運んだ。
「こんな日に傘も持たない神楽ちゃんを連れ回すなんて、沖田さん何考えてるんですか?」
新八はサドと向かい合う形でソファーに座っていた。
だけど、二人は決して談笑をしてるわけではなくて、落ち着いた空気が流れてはいたけれど、漂う雰囲気は良いものではなかった。
「だから、それは俺が悪かった。次からはこうなる前に神楽を」
「オマエら何してるネ?」
「あ、神楽ちゃん!もう、大丈夫?」
新八は襖と襖の間に立つ私に飛んで来ると、気遣ってか肩を支えた。
「平気ネ。大丈夫アル。それより、なんで」
「じゃあ、俺は」
サドはそう言うとソファーから立ち上がり玄関へと向かった。
私は新八を振り払うようにサドの背中を追うと、草履を履くサドの着物を掴んだ。
時刻は既に夕方で、玄関戸のガラスからオレンジの空が透けて見えた。
草履を履き終わったサドは私に背を向けたままだ。
それに凄く嫌な予感がした。
「サド?」
「悪かったな。じゃあな」
サドはそれだけを言うと、一度も私を振り返らずに万事屋を出ようとした。
どうしたネ?
私は着物を掴んだ手を離せずに、新八がいることも忘れて引き留めようとした。
「何やってんでィ。離せよ」
サドは玄関戸を開けると背中越しに私に言った。
どうしてこの手を離さなきゃいけないのか。
なんでサドは私を見てくれようとしないのか。
いっぱい尋ねたい事がありすぎて、私は頭の中で絡まった単語が整理しきれずに、何も聞くことが出来なかった。
サドはそんな私を分かってか振り切ると、戸を閉めて階段を下って行った。
カツカツと音が引き返して来ないかなんて思ってるのに、閉ざされた戸は開かなかった。
「追い掛けないの?」
「知らねぇヨ」
背後から聞こえた新八の声に私は苛立った。
サドを追い返したのは絶対に新八だ。
私はサドを追い掛けない代わりに新八に問い質す事にした。
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