三つ巴:03
【沖田総悟:07】
沖田は教室に戻ってからも、腹を摩りながら机に頬をつけていた。窓の外を見れば曇り空でそのせいか気分も晴れない。
どうしてか?
沖田の頭を埋め尽くす疑問。何故神楽のスカートをめくったのか……と言うことではない、何故神楽に嫌われたいと思うのかと言うことであった。スカートをめくったのは勿論、いつも余計なことをして喧嘩になるのも全ては神楽に嫌われる為なのだ。そんな事を考えていると、ふと浮かび上がってきたのは神楽の弱々しい表情と柔らかい乳房であった。沖田は自分の右手を眺めると口元だけで笑みを浮かべた。きっと今日こそは二度と口もきいてもらえない程に嫌われただろうと。神楽に嫌われた事が確定すれば、この悩みから解放されるのだ。そう思うと思わず笑みが零れる。しかし、まだ腹が痛い。いや、胸もなんだか痛むのだ。
蹴られたのは腹だけだろ?
なのに何故胸が痛いのか。そんな事をずーっと繰り返し考えていると、教室の後ろのドアが開いて近藤が戻って来た。沖田は体を起こして近藤を見たが――――どういうわけか沖田と目があった瞬間、急いで逸らすと席へと着いたのだ。そんな近藤の様子に沖田は目を丸くすると、その流れで前の方に座る土方へと視線を流した。すると、土方も近藤を見ており軽く首を傾げていた。
何か自分を避けるような態度。何かあるなら直接言い合うような間柄だ。近藤があんな態度をとるなど珍しかった。沖田は後で聞いてみるかと再び机に頬をつけたのだった。
だが、その計画は頓挫した。授業が終わると同時に神楽が教室へ戻って来たのだ。沖田は神楽を目で追うも、神楽は沖田を全く無視して新八とお妙と楽しそうにお喋りを始めた。
これは確実に嫌われた。沖田は確信した。それが分かれば神楽に用はないと近藤の元へ行こうとして……近藤の姿がどこにも見当たらなかった。ついで言えば土方の姿もない。それでだいたい察しがついた。土方が近藤を連れ出したのだろうと。少々面白くなかった。除け者にされたような気分である。
仕方なく沖田はまだ保健室にいるであろう山崎の元へ向かうと、丁度教室へと戻ろうと廊下を歩く山崎と出くわした。
「もう良いのか?」
「えぇ、だいぶ寝たんで」
山崎はそう言って頭を掻いて笑ったが、どうもその表情が固かった。それを見逃す沖田ではない。沖田は山崎と肩を組むと、ひと気のない別館の階段の方へと道を逸れた。
「た、隊長? 俺、早く教室戻りたいんですけど」
「まぁ、ザキ。これでも食えよ」
沖田はそう言ってあんパン味のチューインガムを差し出すと、山崎は仕方がなさそうに受け取った。
二人は普段滅多に使われない階段に来ると、少しズレた位置に座った。
「てめー……何か知ってんだろィ?」
上段に座る沖田が山崎の背を見て言うと、数段下にいる山崎は分かり易いくらいに飛び上がった。
「い、いえ。なにも……つか、このガムまずッ! 嫌がらせですか!?」
山崎はそんな事を言って誤魔化そうとしたように見えた。そんな山崎に腹が立って沖田は足を伸ばすと背中を蹴った。
「分かってんだろーな。隠すとてめぇの為にならねーからな。確かカラクリJKのたまって言ったか……」
「た、たまさんに何をする気だッッ!」
そう言って山崎が焦ったようにこちらを見ると、沖田は意地悪く笑ってやった。
「わ、わかりましたよ。喋ります。けど、誰にも言わないで下さいね」
山崎は唾をゴクリと飲み込むと、先ほど保健室で聞こえて来た近藤と神楽の会話について喋ったのだった。姿は見えないが二人が抱き合っていたこと、良い雰囲気だったこと、近藤が神楽を求めたこと。
聞き終えた沖田は下を向き、声を出して笑ったのだった。
「隊長?」
不気味にも思える沖田の様子に山崎の額に汗が見えた。
「おい、ザキ。近藤さんがあのガサツで生意気なチャイナ娘に惚れると思うのかィ? あるわけねぇだろィ、あるわけ……」
そう言って顔を上げた沖田は山崎を見た。
「で、ですよね! きっと俺が寝ぼけてたんだと思います! そうですよ!」
山崎は笑って立ち上がると、沖田から逃げるようにその場を立ち去った。
無理もないだろう。沖田の表情は今まで見たことのないほどに柔らかいものであった。年相応の笑顔なのだ。つまりは異常であった。
沖田は先ほどの近藤の様子と山崎から聞いた話が一本の線で繋がると、自分でも信じられないほどに動揺していたのだ。その理由は一つ。神楽が他の野郎とどうかなるのが耐えられないなんて身勝手なものだった。沖田は自分と同様に他の男のことも嫌ってくれと思っていた。何よりも神楽が男子とどうかなるなど、全く想像していなかったのだ。いつまでもガキ臭く、食欲バカ。そんな風に思っていたのだが……神楽とどうにかなった相手が日頃慕っている近藤であるということが沖田想いをより複雑にさせるのだった。
さて、どうしたものか。腹の痛みはマシになったが、胸はキリキリ痛み出す。沖田は胸を摩ると小さく息を吐いた。
「ましてや……近藤さんだろィ?」
沖田の知っている近藤勲という男は、同じクラスのお妙が異常な程に好きで、しかしそのお妙を含めて女子からはゴリラと言われ人気がなかった。そんな近藤が神楽と何かあるわけがないのだ。もしかすると仮に神楽とトラブるって近藤の純情が爆発することがあったとしても、神楽が近藤に惹かれたり、ましてや惚れたりなんて事は考えられないのだ。
いや、考えたくなかったのだ。
本日、念願叶ってようやく神楽に心底嫌われたと言うのに気分は最悪で、泥水を飲み干したように口の中は不快感で溢れている。それは噛んでいるあんパン味のチューインガムのせいなのだろうか?
沖田は不快感の塊を紙に包んで吐き出したが、口の中にはハッキリと不快感が残っているのだった。
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