【サンプル】ワカツトキ/5年後銀神・新神【ロングver.】

DL再販です


shu@BOOTH  https://oasobi.booth.pm/items/102455


※万事屋の三角関係を書いた話です。映画の完結篇を観てから書いたので、神楽は大人っぽく、新八はクールな中二病。銀時はいつもの感じで話が進みます。

カップリング要素は、新八×神楽、銀時×神楽。そして、桂とお妙が出ます。

キス描写、ヌード描写があるのでR15指定です。


【1】


 神楽は一糸纏わぬ姿で、鏡に映る自分を見ていた。

 たわわに実った乳房や括れた腰。小ぶりだが程よい肉付きの尻や腿。透き通るように白い肌は、若さを象徴するかのように湯を弾いていた。

 夕暮れの万事屋。その浴室で神楽は、少し早めの入浴をしていた。

シャワーで体を綺麗に洗い流し、湯船にその眩しい体を沈めると、神楽は自分の体を見た。惜しげも無く晒された白い体は、どこからどう見てもすっかりと大人の女で、神楽自身もこの成長振りにはやや困惑していた。

 この体と美貌と言うこともあってか、街を歩けば大抵の男は振り返り、神楽を見つめる視線はとても熱いものであった。とは言っても、神楽がそんな視線に一瞥をくれてやることはなく、相手にもしなかった。だがしかし、そんな女の部分が武器になる事を神楽は既に自覚していたのだ。

 買い物に行き、愛想良く微笑めばオマケがつく。下のスナックお登勢に顔を出せば、常連客が気前よく食事させてくれる。昔は《なんか寄越せヨ》と口にして強奪する事が多かったが、今はにっこり微笑むだけでいいのだ。しかし、肝心である万事屋の連中には、それが全く通用しないのであった。銀時に新八。柔らかく微笑んだところで、何だよ、気持ち悪いなどと言われるのがオチであった。そんな昔と変わらない態度が嬉しくもあり、少々面白くないと思っていた。

 湯に沈む体を神楽は見つめると、形の良い大きな胸に手を置いた。

 自分はこんなに変わってしまったのに。

 神楽は銀時と新八を想うと、いつも体が熱く火照るのを感じていた。好きなのだ。それは愛しているという言葉と同等であった。いつの頃からか、ただ側に居るだけで、切なくて苦しくて仕方がなくなってしまったのだ。


 風呂から上がった神楽は少し窮屈なパジャマに着替えると、濡れた髪をドライヤーで乾かす為に台所へと出た。

「ドライヤー使いたいから、ちょっと退いてくれない?」

 台所で一人夕食の準備をしていた新八に、神楽はやや冷たい声で言い放つと、新八はこちらを見ることもなく少し端へと移動した。

 神楽はそんな新八と少し間を取ってドライヤーを使うと、長い髪を乾かしながら隣に立つ新八を鏡越しに見ていた。

 万事屋の連中は変わらないとは言ったものの、新八も神楽と同様、その体は大人の男へと成長していた。伸びた背丈に、すっかりと幼さの抜けた顔立ち。変わらないのは、神楽に対する態度くらいのものだった。

「フン、一番風呂とはいい身分だな。それ相応の働きをしたのか? 貴様は」

 いや、今となってはその態度すらも、昔と様変わりしていた。神楽に興味がないと言うよりは、どこか敵対するような攻撃性があった。

 神楽は新八がそんな風になってしまったのは、自分が変わってしまったからだと思っていた。自分が大人の女へと成長し、銀時や新八を見つめる瞳が昔と同じでなくなったからだと。

「私がいつ風呂に入ろうと、あんたには関係ないでしょ! それより、今日の晩御飯は何かしら? つまらない物、作らないでよね」

 神楽は新八に対抗するようにそう言うと、新八の手元を覗き込んだ。そこにはニンジンにジャガイモ、タマネギが転がっており、何か煮物でも作るようであった。

「邪魔だ。向こうへ行ってろ」

 新八は自分の周りをうろつく神楽にきつく言い放つと、眼鏡をクイっと指で押し上げた。

 神楽はそんなつれない態度の新八に慣れているとは言え、少々傷付くと、新八の背後へと退いたのだった。

 見えている背中はすっかりと逞しく、頼りがいのある男に見えた。なのに、そんな強さすら虚勢に見えて仕方が無いのだ。

 神楽は気付いていた。万事屋の三人の関係がもう昔と変わってしまったことに。

 銀時と新八に胸を焦がす神楽、そんな神楽との距離感を見誤った新八、そして喧嘩ばかりの二人を見ることが辛いのか出歩いてばかりの銀時。いつしか三人で万事屋に居る時間が減っていたのだ。

 終焉は近い。一緒に居られるのも後僅かであることが読み取れた。

 そんな事を新八の背を見ながら考えていると、神楽は油断したのか抑えこんでいた弱気な自分が顔を出した。見えている背中に頼ってしまいたいのだ。たとえそれが震える少年のように弱々しいものであったとしても。

 神楽は新八の背中に手を伸ばすと、指先で服の生地を摘まんだ。本当は抱き締めてすがりたかったのだが、実際はこれで精一杯なのだ。神楽は顔を床に向けると、胸を突き上げる感情に下唇を噛み締めた。

 側に居る事すら許してもらえないの?

「聞こえなかったか? 向こうへ行ってろと言っただろ」

 神楽は一度深く呼吸をすると、新八の背を掴む手に力を加えた。

「……銀ちゃんがこんな私達に嫌気がさしてる事、新八も気付いてるんでしょう?」

 その神楽の言葉にジャガイモの皮を剥いていた新八の手は止まり、包丁をまな板の上へと置いた。

「あの人が昼間ここに居ないのは、俺のせいだって言うのか?」

「誰もそんな言い方してないじゃない。ただ私は昔みたいに――」

 新八は急に体の向きを変えると神楽の腕を取り、壁際へと一気に押しやった。そして、鋭い目付きで神楽に言った。

「昔みたいにだと? ふざけるな! なら、貴様は俺の背を見て何を思った? その手でこの体に触れて何を感じた? 今もこうして押さえ込まれてるにも拘らず、何故逃げもしない!」

 神楽は新八の自分を見透かしているような言葉の数々に居た堪れなくなった。

 全てバレてる。

 神楽はあまりにも恥ずかしく、その赤い顔を伏せた。

「ば、バカじゃないの。勘違いしないでよね! そんな事……」

 しかし、新八は容赦なかった。神楽の閉ざしている扉を無理やりにこじ開けに来るのだ。

「昔と変わらずに三人で万事屋をやっていくには、お前を突っぱねるしかない事くらい分からないのか? 誰が好き好んで余計なエネルギーを使うか」

 新八の曇る眼鏡越しの目は、今まで見たどんな瞳よりも冷たく、しかし力強いものだった。

 神楽はそんな新八の言葉に、嘘がないことを感じていた。しかし、あまりにも急であり、心の準備も何もしていなかった神楽は、どうしたら良いかも分からず固まってしまった。

「貴様を受け入れる事など簡単なことだ。だが、俺はそれをしない。あの人を……銀さんを裏切る事だけは、絶対に許されないからな」

「ちょっと待ってヨ。裏切るって何の話?」

 神楽は顔を歪めると訝しげに新八を見た。

 意味がわからないのだ。新八の言う裏切りとは一体何なのか?

「あの人を悩ませている原因も、俺を狂わせた原因も、誰のせいなのか分かってないのか」

 新八の顔が更に神楽に近付き、苛立ちが嫌でも伝わってくる。

「こうなったのも、それもこれも全部――」

 新八が言い掛けた時だった。玄関から声が飛んできたのだ。

「はい、終了! やめろ、やめろ! またお前ら仲良く喧嘩か? 飽きねぇな本当」

 パチンコ屋から帰って来た銀時が、呆れた表情でそこに立っていた。銀時はだらしなくブーツを脱ぎ散らかすと、新八と神楽の肩を叩き居間へと入って行った。

 新八はそこでようやく神楽を離すと、再び包丁を手にし、調理へと戻ったのだった。

 解放された神楽は逃げるように物置へと飛び込むと、力が抜けたのか床へとへたり込んだ。そして、新八が口にしようとしていた言葉を想像する。

「それもこれも全部――私のせい?」

 自分が変わってしまったから。

 やはり神楽はそう思わずにいられなかった。

 いつまでも三人で万事屋をやっていきたい。その想いを抱くのは、何も神楽だけではなかったのだ。三人で万事屋を続ける為に銀時は万事屋から逃げ、新八は万事屋を突っぱね、神楽は万事屋を愛した。

 やはり終焉は近いのか。

 神楽は終わらせたくなかった。その命が尽きるまで万事屋の神楽でありたかった。その為には何をするべきか、もう神楽にはすっかりと見えていた。

「……出て行かなきゃ」

 銀時や新八と共に過ごした時間が壊れてしまう前に少し離れよう。

 神楽はそっと胸に手を置くと、全ての想いを封印しようとした。

 万事屋としての自分を取り戻す為に、もっと外の世界も見てみよう。二人の男を忘れる努力もしてみよう。どうせどちらも手に入らないのだから。

 神楽は立ち上がると両頬をパシッと手の平で叩いた。

「さっさと嫁に行くのも、悪くないわ」

 そんな言葉を口にしたが、嫁になど本当は行きたくなかったのだ。いつだって神楽は銀時と新八からの言葉を待っていた。

《ずっと万事屋にいろよ》

 だが、聞くことの出来ないその言葉に、諦めという覚悟を決めた。

 二人以外を愛してみる。

 神楽はもう大丈夫だと笑顔の練習をすると、何事もなかったかのようにお腹が空いたと居間へ向かうのだった。




 翌日、神楽は不動産屋の前で途方に暮れていた。出て行くとは決めたものの、引っ越し先など全く準備は出来ていないのだ。まず何より先立つものがなければ、住まいの確保は難しい。神楽は敷金や家賃などを頭の中で計算すると、どうやっても貯金だけでは苦しいと気が滅入るのだった。

「さすがに、ニッコリ笑うだけじゃ厳しいわね」

 神楽は溜息を吐くと、ついいつもの癖で近くの公園へと足を運んだ。そして、古ぼけたベンチに腰を下ろし、ぼんやりと無邪気に遊ぶ子供達を見ていた。

 あの頃に戻りたい。

 そんな言葉が頭に浮かび、神楽は思わず苦笑いを浮かべた。

「誰かと思えばリーダーか」

 自分の隣に腰を下ろした男を見れば、長髪が印象的な幕末の貴公子――桂小太郎であった。

 神楽は脚を組むと、グッと両手を上げて背伸びをした。

「そんなに誰か分からなかった?」

 桂は腕を組むと小さく笑い、頭を振った。

「挨拶のようなものだ。気にするな」

 神楽はそんな事を言った桂にどこかホッとしていた。そして、気が緩んだのか桂の方に体を向けると、ダメ元で家を探している話をしてみた。

「ねぇ、格安で家貸してくれる不動産屋って知らない?」

「家? アパートでも良いのか?」

 思いの外、食いつきのいい桂に神楽はほんの少し期待をすると、どちらでも構わないと答えた。

「無くはないが……格安とはどのくらいの金額だ?」

「1000円とか?」

 神楽は自分でも馬鹿げた発言だと思っていたが、神楽を見る桂の表情は至って真面目なものだった。

「持て余している隠れ家が1つあるな」

 神楽は僅かに瞳を輝かせると、自分の武器をここぞとばかりに使った。口角を上げて、目を細める。

「いざって時はヅラが隠れても文句言わないから、お願い!」

 正直、男と言うものは美人の頼みにめっぽう弱いものだ。桂は一瞬目を瞑ると、眉間にシワを寄せて何かを考え込んでいた。

 神楽も桂が簡単に落ちる男ではない事を承知はしているが、いつも自分を可愛がってくれる叔父的な存在であるが故、協力してくれるような気がしていた。

 しばらく悩んでいた桂は、少しして目を開けるとベンチから立ち上がった。

「銀時は知っているのか?」

 遠くを見ながらそう言った桂を、神楽は見上げて答えた。

「決まったら、ちゃんと言うつもりだから」

「……そうか。ならば、ついて来い」

 桂は長い髪を風になびかせて歩くと、神楽は黙ってその後ろをついて行った。


 本当にボロいアパートだった。しかし、風呂とトイレはついていて、小さいながら台所もあった。部屋はと言うと、6畳程の畳の間が1つあるだけで、あとは押入れくらいのものだ。神楽は部屋全体を見渡しながら桂に尋ねた。

「いくらなら良いの?」

 桂は変装用の衣装がしまってあるだけの押入れに頭を突っ込んでいたが、神楽の質問に答えた。

「こんなものタダでくれてやる。但し、1つ条件がある」

 神楽は建て付けの悪い窓を開け放つと、窓枠に腰を掛けた。新鮮な風が埃臭い部屋に入り込み、清々しい空気に変えて行く。そこで深呼吸をすると、万事屋の屋根を目に映し桂に聞いた。

「何? 言っとくけど、テロリストの仲間入りなんてイヤだから」

「そうじゃない。あいつを……銀時をどうか見捨てないでやってくれ。あいつには、リーダーしかいない」

 神楽は眉をひそめた。

 いきなり何を言うのかと思えば……

 背後にいるであろう桂を睨みつけた。

「何があったか俺には分からん。だが、あの家を出るという事は、余程の事がお前らの間にあったのだろう。共に生活出来ない程の出来事が」

「……そんな大それた理由なんかじゃないわ。ただ、ちょっと自立したいだけ」

 神楽は髪を耳に掛けると、頬を撫でる風に目を細めた。万事屋に遠からず近い距離。何かあっても直ぐに駆け付ける事が出来る。そんな事を神楽は万事屋の屋根を見ながら考えていた。

「銀時が許可を下すとは思えんがな」

「最近は新八と私の喧嘩にウンザリしてるみたいだったし、案外喜んで出すと思うけど」

 神楽は寧ろそうであって欲しいと望んでいた。仮に引き留められたとしたら、2人を愛さないと決めた決心が鈍るからだ。

 神楽は窓枠から下りると窓を閉めた。そして、体の後ろで手を組むと、立っている桂の真正面に回った。

「今すぐ貸してくれる?」

「待て。銀時に話をつけてからだ」

 神楽はその事ならちゃんとするからと、鍵をくれと引き下がらなかった。

「もし約束破ったら、この体好きに使って良いから。お願い!」

「なっ、馬鹿な事を言うな! 鍵はここに置いて行く。銀時とちゃんと話し合え。良いなッ!」

 桂は慌てて草履を履くと、ボロアパートのドアを開け出て行った。

 神楽はそんな桂の慌てた態度に、相変わらず堅物な男だと小さく笑うのだった。



【2】


 神楽は早速その日の夜、銀時に部屋を出て行く件を伝えようと思っていた。しかし、なかなか話を切り出すタイミングを捕らえることが出来ずにいた。

 先ほどからトイレに行ったり、テレビの前で歯を磨いたりと落ち着かない銀時を、神楽はソファーの上で膝を抱えたままジッと見つめているのだが、銀時はそれに気付いていない様子であった。ようやく落ち着いたと思った頃にはすっかりと眠る時間で、銀時は神楽を一瞬見てお休みとだけ言うと、寝室の襖の向こうへと消えてしまった。

「あっ、銀ちゃ……」

 神楽はこうなれば勢いだと、言いかけた銀時の名前を改めて襖の前で呼んだのだった。

「銀ちゃん」

 すると、銀時の気だるそうな返事が返ってきた。

「あー? 何?」

 神楽は襖を僅かに開けるとしゃがみ込み、暗闇の銀時を見つめた。

 緊張が走る。神楽は何度も心の中で繰り返し練習した言葉を、躊躇いながらもどうにか紡ぎ出した。

「私ね、近くに部屋を借りたから、明日からはそこから出勤するわ。一応、報告しとこうと思って」

 銀時の表情が読み取れず、神楽は少々不安になった。しかし、勝手に決めたとは言え、銀時がダメだと言うような事はないだろうと安心していた。もし仮にそんなに独占欲が強ければ、相手が誰であろうと既に奪い取っている筈だからだ。

 しかし、銀時は何も言わない。神楽はいつまでも黙っている銀時に不安になり、思わず暗闇を覗き込むと、その体を軽く揺すった。

 もしかして、この感じは眠ってる?

 神楽は思わず苦笑いを浮かべた。

「嫁入り前の娘が1人暮らしだァ? ンなこと、許されるとでも思ってんのかァァアア!」

 だが、突然叫んだ銀時に神楽は驚くと、慌てて寝室から飛び出した。しかし、銀時の手が神楽の足首を掴み、まるで蛇が獲物を飲み込むように神楽は暗い襖の奥へと姿を消した。

 引き込まれた神楽は布団の上に正座させられると、胡座をかく銀時と向かい合わせになった。

「で、男でも出来たワケ? 部屋借りて、男連れ込んで? 良いわけないだろ!」

 神楽は不躾な言葉に、ムスッと不貞腐れた表情になった。その顔が襖の向こうの居間から漏れる光で照らされて、暗闇に浮かび上がっていた。

「は? なんだよ、その顔は。じゃあ、それ以外に理由があるなら言ってみ?」

 銀時は険しい表情になると、鳥の巣のような頭を掻いた。しかし、神楽は黙ったまま何も答えない。

 そもそも他に男を連れ込む以前に今この瞬間、男と2人で暮らしているのだ。今更、世間の目も何もあったもんじゃない。自分を差し置いてそんな話をしている銀時に、神楽は呆れていたのだった。

「あー、ほら言えねぇだろ。やっぱりそういう事ですか。はいはい、パピーが知ったら何て言うかなァ! あ、確かお前の親父デキ婚だったな、蛙の子は蛙って……」

 神楽は素早く銀時の背後に回り込むと、そのやかましい口を手で塞いだ。そして、耳元でそっと囁く。

「いくらでもパピーに言えるから。一緒に住んでる男に、手を出されたって」

 銀時は自分の口から神楽の手を剥がすと、小さな声で言ったのだった。

「すいませんでした」

 神楽は分かれば良いと納得すると、銀時の背後に回ったまま話を続けた。

「そろそろ自立したいと思っただけよ。それに最近は、新八とも喧嘩が絶えないし」

「何だよ。んな事気にしてたのかよ」

 本当の事など言えるはずもなく、それが苦しみとなり神楽の胸を押しつぶそうとしていた。

「お前らの喧嘩なんざ、こっちはもう慣れっこなんだよ。それともアレか。顔も見たくないって奴か?」

 神楽は黙っていた。

 そんなワケないじゃないと。

 見つめあって微笑みあって、触れていたい。そんな想いがいつしか神楽の体を疼かせたのだ。その途方もない苦しみから逃れるには、もう離れるしかなかった。離れて他の誰かを愛せるなら、その方が万事屋の3人にとっても良いと思ったのだ。

「とにかく俺はてめーを預かってる以上、責任がある。嫁に行くまでは、俺の目の届くとこで飯食って寝てろ」

 神楽はそう言ってこちらを見た銀時に、頭を子供のように撫でられた。しかし、神楽はそれをもう素直に喜ぶことは出来なくて、また辛いだけの生活が始まるのかと思うとウンザリした。

「分かったら、もう寝ろ。明日も依頼入ってんだろ」

 1人でベラベラと喋り布団に入った銀時に、神楽はポツリと言葉を零した。

「じゃあ、嫁に行ったら出て行ってもいいってこと?」

「……当たり前だろ。人妻と一つ屋根の下とか、何もなくても何かあるわ」

 神楽は悔しそうな表情をすると、あとどれくらい我慢をすれば良いのかと悲しくなった。

 こんなに側にいるのに。

 ただそれだけでは満足出来ない自分が嫌になった。

「わかった」

 物分りがよくなったのは、大人になったからなのか。神楽がそう答えるのを聞き届けると、銀時は目を閉じた。だが、神楽はそんなに大人でもないよと、まだ言葉を続けた。

「じゃあ、明日にでも旦那を見つけて来る事にするわ。それなら文句ないでしょ?」

 銀時はその屁理屈に大声を上げて起き上がった。

「はぁぁああ? 何お前? そんなに出て行きてぇのッッ!?」

「今だって充分嫁入り前なのに男と同棲してるんだから、出て行ったって何も変わらないでしょ!」

 銀時は腕を組み、首を捻ると考え込んだ。

「いや、まぁ、それはアレだろ。え? つーか、何か噂とか立っちゃってるワケ? 銀さんが立っちゃったとか」

 神楽は銀時の頭を軽く殴ると咳払いをした。

「とにかく、部屋はもう借りてあるから。それに、銀ちゃんだって私がいない方が、都合が良いこともあるでしょう?」

 神楽を見ていた銀時は、途端に視線を逸らすと頬を掻いた。

「いや、お前さ、だからって1人暮らしはマズいんじゃねーの? 給料はあって無いようなもんだし、仕事でこき使われ、疲れ果ててからの家事とかなぁ。無理だろ」

 誰がそのブラック企業の社長だよと神楽は頬を引きつらせたが、次に出た銀時の言葉に心臓が大きく跳ねたのだった。

「居ろよ。ここに」

 その言葉が銀時の気まぐれで、神楽の思っているような意味がない事など分かっていた。それでも神楽の頬は薄紅色へと変化したのだ。

 暗くて良かった。

 神楽は熱い顔にそんな事を考えていた。

「確かに《銀さんと神楽さん》が一緒にってのは、世間的にはアウトかもしんねぇけど……言わせたい奴には言わせとけ。それにもしンなくだらねぇ噂でお前の貰い手が現れなかった時は、その時は――俺が責任取ってやる」

 神楽は口もとを手で押さえると声すら出せず、その大きな目をただ揺らしていた。

 セキニンって何のこと?

 神楽は、体が小刻みに震えている事を感じていた。怖いのだ。このまま今までと違った関係になってしまう事が。だが、どこかで期待している。絡みつくしがらみを取っ払ってくれないかと。

「俺が責任を取って、お前の見合い相手探してきてやるから。だから心配すんな。それまで大人しくここに居て――」

 神楽は思いっきり銀時をぶっ飛ばした。期待した自分が愚かだったと悔やんだが、期待させるあんたも悪いと、拳を突き上げずにはいられなかったのだ。

「何すんだよッッ! 見合いが嫌か? どこの馬の骨だが分んねぇ奴に引っかかるよりずっとマシだろッッ!」

「それでも、愛する男と結ばれたいのが女ってもんアル!」

 神楽はどれくらいかぶりに語尾にアルを付けると、銀時の胸倉を掴みにかかった。しかし、直ぐにその手を離した。虚しさが込み上げてくるのだ。

 愛する男と結ばれたい。それは神楽の本心であった。なのに、愛する男は2人もいて、どちらとも結ばれてはならないのだ。自分で言っておきながら悲しくなった。

「仕事はちゃんとするから、心配しないで」

 神楽はそう言って立ち上がると、納得していない表情の銀時を置いて寝室から出た。

 こんな男なんか忘れてやる。

 神楽は明日からの生活にやや不安を覚えたが、自分の選択は正しいのだと言い聞かせた。

 押し入れで眠る最後の夜。神楽は窮屈なその部屋で、苦しそうな呼吸のまま眠りに就いた。




 某日、万事屋には浮気調査と猫探しの依頼があり、3人は二手に分かれていた。浮気調査は銀時が、猫探しは神楽と新八が請け負った。しかし、あの言い合った日から2人は目を合わせる事もなく、新八と神楽の間には気まずい空気が流れていた。なのに、こんな割り振りで仕事など、神楽も新八も共に銀時を恨んでいた。

「猫探しくらい、私1人で充分だっつーの。新八、あんたは帰っても良いわよ。これくらい1人でやれなきゃ話にならないから」

 少し距離を開けて歩いていた新八は、眼鏡を指で押し上げると、神楽の言葉がお気に召さなかったのか異議を唱えた。

「帰れだと!? なら、神楽。貴様が帰れ。この仕事はそもそも俺が取って来た仕事だ」

 神楽はウンザリしていたが、新八の言葉に反論していても埒が明かないと、その言葉通りに従ってやることにした。もちろん不本意だ。まるで万事屋にお前は必要ないと言われているようで。

「じゃあ、譲ってあげるわ」

 神楽は強がってそう言うと、銀時の居る現場へと向かおうとした。その時だった。1匹の猫が2人の目の前を通り過ぎたのだ。その猫は探している猫とそっくりで、見つけた新八は急いでその後を追った。しかし、猫のすばしっこさは半端なく、どう考えても新八1人では事足りないようだ。

 神楽は仕方ないと近くの民家の屋根まで飛び上がると、新八に指図をした。

「新八! 私が進路を塞ぐから、あんたはそこで構えてて」

「言われなくてもそのつもりだ! 早くしろ!」

 神楽は新八のものの言い方に腹を立てたが、今は猫の捕獲が優先だと屋根の上から飛び降りて、細い路地のゴミ置き場へと着地した。

「さぁ、猫ちゃんどうする? グラさんに大人しく捕まるの? それとも、後ろの……新八ッッ!?」

 神楽はヒステリックな声を上げた。見れば猫を挟んで向かい側にいる新八が、悪臭漂う生ゴミまみれとなっているのだ。頭に乗ったバナナの皮が何とも言えないアクセントとなっていた。

「なんでそんな事に?」

 そう言った神楽は、自分の足元に向けられている視線に気が付いた。どうやら神楽の着地した場所が悪かったらしく、足元のゴミ袋が破裂し、中の生ゴミが散乱したようだ。それが運悪く、新八へと降りかかったのだった。

「かぁぐぅらァァアア!」

 新八は怒りに震えると、猫ではなく神楽目掛けて飛び掛かった。そのせいで猫は逃げ、神楽もろともゴミまみれとなってしまった。

「いい加減にしなさいよ! 猫、逃げちゃったじゃないッ!」

「ふざけるな! 貴様がいなければ成功していたわ! こんなもの!」

 2人は互いの手を握り押し合っていたが、身を包む悪臭に耐え切れず目に涙を浮かべた。

「もう無理ッッ!」

 神楽はダッシュすると、すぐ近くの自分のボロアパートへと向かった。だが、新八もゴミを洗い流させろと、神楽の後について来た。2人は競い合うようにして、ボロアパートの風呂場へ飛び込むと、服の上から勢い良くシャワーを浴びたのだった。

 狭い浴室はあっという間に石鹸のいい匂いで溢れた。しかし、神楽も新八も着ている服はずぶ濡れで、さすがにこのまま……と言うわけにはいかなかった。神楽は新八に背を向けると、きつい口調で言った。

「服脱ぐから、こっち見ないでよね!」

「誰が見るかッ!」

 神楽は背をこちらに向けている新八を確認すると、髪飾りを取り、チャイナドレスを脱ぎ、下着までも取っ払った。そして、浴室から出ると脱衣場に置いてあるタオルを2枚手に取った。1枚は自分の体に巻き付け、もう1枚は新八へと渡すつもりなのだ。

 浴室へ戻った神楽は、新八にタオルを渡そうとして浴室の床にポタリポタリと落ちる血液に気が付いた。

「何、想像してんのよ。変態」

「だ、だ、誰が変態だッッ! これはちょっとアレだ、唇が乾燥し過ぎて切れただけだ!」

 神楽は新八の正面に立つとタオルを差し出した。新八は俯き加減で神楽からタオルを受け取ると、早く出て行けと手を払った。しかし、神楽は新八を覗き込むと、冷ややかな目で言ったのだった。

「想像……しなくても、目の前にあるのに。バカみたい」

 その言葉に新八の目は一気に血走ると、神楽を怒鳴りつけた。

「見せる気もねぇ癖に言うなッ! 宝の持ち腐れッッ!」

 神楽はイタズラな表情になると、急いで浴室から飛び出した。そして、後ろ手で戸を閉めると小さく言った。

「気だけなら、あるわ」

 見せる気も触らせる気もあるのだが、そうなった後の事を考えると、神楽も新八も何も出来ずにいるのだった。


 神楽は部屋へ戻り窓の外を見ると、急に天気が崩れたのか雨が激しく降り始めていた。その時だった。玄関戸が激しく叩かれたかと思ったら、桂が濡れた体で入って来たのだ。

「リーダー、すまない! 邪魔する」

 しかし、入って来た桂は神楽のタオル姿を目にし、急いでその顔を伏せた。

「あ、いや、急に雨に降られてしまってな……風呂を拝借するぞ」

 桂は逃げるようにして風呂場へと向かったが、神楽は顔色を変えるとダメだと桂の後を追った。

 今、風呂場には新八がいる。ほぼ裸の神楽と風呂場の新八を見る限り――勘違いされない方があり得ない話であった。しかし、神楽は間に合わず、脱衣所で腰にタオルを巻いた新八と桂が鉢合わせしてしまった。

 固まる桂と新八。その姿を桂の背後で見ている神楽は、慌てて2人の間に入ると事情を説明しようとした。

「えっと、このアパートはヅラに借りてて、それで新八はたまたま汚れたから……」

 だが、桂と新八は神楽の言葉など、全く聞いてはいなかった。気まずい空気が流れる。その空気に耐えかねたのか、先に口を開いたのは意外にも新八の方だった。

「桂さん。銀さんには黙ってるんで、俺の事も黙っておいて下さい」

 桂は目を細めると、不愉快さを露わにした。

「どういう意味だ? 新八君」

「神楽のアパートに出入りしてる事ですよ」

 途端に桂の顔は上気し、それを隠すように新八に背を向けた。

「リーダー、邪魔したな」

 感情を噛み殺したように静かにそう告げた桂は、玄関の戸を開けると出て行ってしまった。

 神楽は今の姿にも拘らず後を追って飛び出すと、アパートの階段を下りる桂の肩を捕まえた。

「ちょっと待って。勘違いよ。新八とは本当に何も無いの」

 ひどく降る雨に、神楽は桂を庇の下に引き入れると、桂の体をこちらへと向けた。すると、桂の顔は何とも苦々しい表情で足元を見つめていた。

「俺は情けない」

 神楽は肌寒さに自分の体を抱くと、次の言葉を待っていた。その間にも雨は降りしきり、神楽の体は冷える一方であった。

「銀時の事を思いリーダーにあんな事を言った癖に、新八君に勘違いされるような事をしてしまった」

 神楽は首を左右に振ると、桂の肩に手を置いた。

「私ね、これで良いかもって少し思ったの。銀ちゃんも新八もどちらも選べないのなら、他の誰かのモノになっちゃえって」

 桂は自分の肩に掛かる手をそっと取ると、体から遠ざけた。

「そういう事か。アパートを出た理由は」

 神楽は黙って頷いた。

「新八君も良い侍になったな。俺が銀時なら、彼に――」

《彼に愛する女を奪われる》その結果を悔やみはしないだろう。

 桂はそれだけを言い残すと、神楽の前から立ち去った。

 神楽は雨脚の強まる空を見上げた。

 本当に銀時ならそう答えるのだろうか。それっぽく桂は言ったが、飽くまでも桂の意見であり、桂は銀時ではないのだ。神楽は泣きたくなった。

 どうして2人も好きになってしまったのだろう。

 神楽の濡れてしまった心は当分乾きそうになく、冷えた体を抱きながらアパートの部屋へ戻ったのだった。



【3】


 部屋に戻った神楽は、ずぶ濡れのタオルを体に巻いたまま風呂場へ直行した。そして、冷えた体を湯で温め直すと、新しいタオルを巻いて畳の間へと戻った。

 そこには同じような姿の新八が座っていて、服が乾くまで当分何処へも行けないようであった。そのせいなのか、新八の表情は厳しいものだった。

 神楽はそんな新八に構わず、箪笥から下着とチャイナドレスを取り出すと着替えようとした。

「目、瞑っててよ」

 新八は面倒臭そうに溜息を吐くと、その目を閉じた。

「どうしてくれる。服が乾くまで、こんな所で足止めだ」

 神楽は下着を着け終わると、チャイナドレスを頭から被り髪を整えた。

「あの時、誰かさんが私に飛び掛からないで猫に飛び掛かっていれば、こんな事にならずに済んだのに」

「ふざけるな! 貴様が着地点を見誤まらなければッ」

 感情的になった新八がつい思わず目を開けてしまうと、神楽は薄ら笑いを浮かべた。そして、腕を組んで新八を見下ろすと、冷たく言い放った。

「この、変態」

「……クッ」

 神楽はこちらに背を向けてしまった新八に、部屋の隅に丸めてあった毛布を投げつけると、適当に畳の上に座った。

「服、今日中には乾かないわよ」

「雨が上がれば、貴様が俺の着替えを取りに行けば良いだけだろう」

 窓の外を見ればあれだけ激しかった雨も弱まり、雲の隙間から晴れ間が覗いていた。

 神楽は膝を抱えると、視線を新八へとやった。

 先ほどの桂の言葉。神楽はそれが頭の中でぐるぐると回り、自分を洗脳しようとするのが分かった。

 ただの戯言。

 そう思っているのに、実際に銀時が望んでいるのではないかと錯覚しかけていた。

《新八に愛する女を奪われる》その結果を悔やみはしない。

 もし、あれが桂ではなく、本当に銀時の言葉だったなら。神楽は今この部屋で何を考えただろうと、新八を見つめていた。

「ねぇ、ヅラとは何でもないから」

 新八は毛布に包まり、顔だけを覗かせていた。

「それを言って何になる」

「別に。ただ万事屋を飛び出した癖して……いつまでもあんたらの事を忘れられないから、誤解されたくないだけ」

 神楽は抱えている膝の間に顔を埋めると、耳まで熱くなっているのが分かっていた。これで隠せるとも思っていなかったが、新八をジッと見ていることはもう不可能であった。

「……俺とこうしているところがあの人に見つかりでもすれば、厄介な事になりかねない。神楽があの部屋を出た事を、無意味なものにしてしまうな」

 どちらか片一方に想いを傾けたくなくて、両方を忘れたくて神楽は万事屋を出た。新八は神楽の思いを理解しているらしく、神楽を気遣うような言葉を口にした。

 そんな新八に驚いた神楽は顔を上げると、眼鏡のレンズの向こうでこちらを見つめる柔らかい瞳を見つけた。

 どれくらい振りだろう。温もりのある瞳に映し出されるのは。

 神楽はまるで昔に戻ったような気分だった。

「……しんぱち」

 鼻の奥がツンと痛み、涙が溢れ出しそうになった。この両手を伸ばして新八に縋り付き、泣いてしまいたくなったのだ。だが、そうすれば神楽の心は一気に新八に傾き、銀時を独りぼっちにしてしまう。そんな事は出来るはずがなかった。

 神楽は立ち上がると、すっかりと晴れた窓の外を見た。

「あんたの服、取って来るわ。待ってて」

 何か言いたそうな表情の新八をアパートに残すと、神楽は志村邸へと向かったのだった。 




「神楽ちゃん?」

 新八の家を訪れると、出勤時間がまだなのか、新八の姉であるお妙が出迎えた。

 新八と上手くいかなくなってからと言うもの、お妙と会うことも減っていた神楽は、久々に顔を合わせたせいか少々緊張していた。

「新八の服と下着を取りに来たの。仕事でミスしちゃって今、丸裸」

「新ちゃんが神楽ちゃんに頼んだの? そ、そう! 良かったら少し上がっていかない?」

 どこか嬉しそうなお妙に神楽も少しだけならと、久々の志村邸へお邪魔することにした。

 客間に通された神楽は、お茶を用意するお妙に色々と質問攻めにされた。

「元気にやってるの? そう言えば、また少し大人びたわね? 今日は新ちゃんと一緒にお仕事?」

 どうやら新八は、神楽の話題を家では出していないようだ。それだけ新八は、神楽の事を忘れたいと思っているのだろうか。

 神楽はその気持ちを理解することは出来たが、とても悲しい気分になった。好きな気持ちをすり潰す作業ほど、苦しい事はないと知っているからだ。

「神楽ちゃんと新ちゃんがあまり上手く行ってないって、銀さんから聞いて……心配だったよ」

 神楽はお妙に差し出された湯呑みを見つめると、小さく謝った。

「ごめんなさい」

 お妙は困ったような顔になると、盆を持ったまま神楽の隣に座ったのだった。

「あのね、神楽ちゃん。銀さんね、2人が仲良くやれないのは自分のせいだって言ってるの。自分がいるからだって。馬鹿なひとよね。銀さんがいなくなったら、もっと上手くいくわけないのに」

 神楽はお妙が何故こんな話をするのだろうかと、不思議だと言う顔をしていた。だが、1つ分かるのは、やはり銀時があまり家にいないのは、自分と新八のせいだと言う事だ。

「このままだと銀さん、いなくなっちゃうよ? 神楽ちゃんも新ちゃんも、本当にそれで良いの?」

 そうは言われても神楽にはどうする事が正しいのか分からなかった。

 新八と仲良くすれば銀時を独りぼっちにしてしまう気がするし、銀時に気が傾けば、今度は新八が離れてしまう気がするのだ。やはり、両方を手離したくないのであれば、両方への恋心を忘れ去るしかないと言うことか。

 早く消さなきゃ、全部綺麗さっぱり。

「大丈夫。もう上手くやれるから。心配しないで」

 神楽の口にしたその言葉に良かったとお妙は笑うと、新八の着替えを取りに席を外した。


 そのあと時間を見計らい、神楽は席を立った。さすがに、丸裸の新八を放っておくわけにはいかない。

 そんな神楽を見送ろうと、玄関先へついて来たお妙は、ブーツを履く神楽を見ながら目を細めた。

「本当に大きくなったわね。どうりで銀さんも淋しくなるわけだ」

 神楽はブーツを履き終えると、振り返りお妙を見た。

「銀ちゃんが淋しい?」

「そうよ、だってあの人は独りだもの」

 お妙は何かを思い出すように遠くを見つめると、ゆっくり話をした。

「新ちゃんはね、たとえこの世でひとりぼっちになったとしても、世界中を敵に回したとしても、いつでも私がいるの。肉親である私が。だけど銀さんはいくら顔が広くても、町に知り合いで溢れていても……独りぼっちなんだよ。神楽ちゃん、銀さんはあなたが離れていく事を、すごく淋しく思っているわ。どうか側にいてあげて頂戴」

 どうしてお妙がそんな事を自分に頼むのか。その理由には何と無く気が付いた。だが、それに気が付いても、もう何もしてあげられる事はないのだ。

 神楽はとても儚く脆い表情でお妙に笑いかけると言った。

「そうね、そうするわ」

 新八の着替えを持つと、神楽は逃げるように志村邸をあとにした。


 銀時が誰を想っているのか。

 神楽は先程のお妙の言葉で分かったのだ。

 万事屋は愛し愛する者で溢れている。ならばこの先も、3人で愛し合って過ごしていけばいい。

 神楽はそんな馬鹿な事を考えた。しかし、案外本気で、それが許されるのであれば、神楽は銀時とも新八とも離れずに、いつまでも側に居たかったのだ。

 神楽は足早にアパートへ戻ると、部屋で1人毛布に包まっている新八に着替えを投げつけた。

「あんたと仲良くするって、姐御と約束して来たから」

 新八は着替えを受け取ると、毛布を取った。そして、神楽に背を向け着替えながら、小さな声で何かを言った。

「姉上も余計な事を……」

 着替え終わった新八は眼鏡を指で押し上げると、神楽の事をいつものように冷たい目で見つめた。

「なら、手でも繋いで万事屋に帰るか?」

 冗談にしては真顔で、しかも新八にしては随分と挑戦的な発言だった。

 不意を食らった神楽は顔を真っ赤に染めると、新八の癖に生意気だなんて思い、1人でアパートの外へと出た。その後を少し遅れて新八がついて行くと、2人は銀時の待つ万事屋を目指したのだった。


 手こそ繋いではいないが、新八と神楽は珍しく隣同士並んで歩いていた。

いつも頑固な新八だったが、さすがに姉であるお妙の言葉には従うしかないようであった。

「依頼どうするの? 一旦、銀ちゃんと合流してから猫の捜索を再開する?」

「いや、俺が1人で片付ける。貴様は先に万事屋へ帰ってろ」

 神楽はまだそんな事を言う新八に呆れた表情をすると、新八は違うと首を左右に振った。

「何のトラブルもなく2人で帰れば、余計な事を勘繰られるかも知れないだろ」

 新八は神楽を思って言ったのか、それとも自分の為なのか。それを計り知る事は出来なかったが、神楽は新八の優しさや気遣いを感じるのだった。

 そんな瞬間がある度に、心が新八に傾きそうになる。神楽は自分の気持ちにブレーキを掛けると、新八と別れて万事屋へと向かった。


 神楽が2階へと伸びる階段を駆け上がり万事屋の玄関戸を開けると、丁度戻ったばかりの銀時がそこには居て、ブーツを脱いでいた。

「そっちはどうだった? こっちは新八がミスっちゃって大変だったわ」

「ふーん」

 銀時は神楽を睨みつけるような冷めた眼差しで見下ろすと、片腕を着物の中へ突っ込んだ。

 神楽はそんな銀時の態度に首を傾げると、先に居間へと入って行った。そして、ソファーに座ると、後から居間へとやって来た銀時もどっかりと神楽の隣に腰を下ろしたのだった。

「今、新八が猫を探してるわ。少し休憩したら私達も合流ね」

 神楽は何にも言わず、ジッと横顔を見つめて来る銀時に訝しい表情をした。

 一体、何のつもりなのかと。

「……顔に何か変なもんでもついてるの?」

 銀時はやはり何も言わずに顎に手を置くと、眉間にシワを寄せて難しそうな顔をしていた。

 鬱陶しい。

 神楽はそんな銀時の態度に嫌気がさすと立ち上がり、場所を移動しようとした。だが、そんな神楽の腕を掴んだ銀時は、神楽を再びソファーへと座らせた。

「なによ?」

 神楽は唇を尖らせて幼い子供のように尋ねた。すると銀時は、目を泳がせると非常に言い辛そうに言葉を紡いだ。

「お前さ、新八とずっと一緒だったよな?」

 神楽は何かやましい事があったわけではないが、心臓の鼓動が速まった。

 新八とはほんの少し心を通わせただけだ。しかし、その事を銀時に知られるのは、神楽は恐怖であった。

「一緒だったら何なの?」

「じゃあ、アレは俺の見間違いか……そうだよな。いや、悪い。今のは忘れてくれ」

 神楽は銀時が何を聞きたかったのか分からなかった。ただ分かるのは、何かを確かめようとして諦めたことだけだ。

 神楽が新八とずっと一緒だと聞いて安心したように見えた銀時だったが、その顔色はあまり良くは見えなかった。心配になった神楽は、そんな体調の悪そうな銀時の額に自分の額をくっ付けると熱を測った。

 とても近い距離に銀時の顔が見える。

「熱は無いけど、目が充血してて、顔も少し赤くて」

 神楽が心配そうに銀時の瞳を見つめると、銀時はギュッとその目を閉じてしまった。

「だぁー、もう分かったからッッ!」

 そう言って銀時は神楽を自分から遠ざけると、ソファーにもたれ天井を仰いだ。しかし、その様子を見ていた神楽も頬を染めていて、自分からやった癖に平常心では無いのだった。

 あんな距離でも昔は平気だったのに。

 なんでもない振りをする事は案外難しいのだと、銀時と自分の姿を見て神楽は思った。

「そろそろ、新八の応援に行くか」

 銀時は立ち上がると、グッと背伸びをした。そして、居間から出ようとしてその足を止めた。すぐ後ろを歩いていた神楽は銀時の背中にぶつかりそうになると、急に何かと眉をしかめた。

「神楽」

 銀時の自分の名を呼ぶ声が、何故だか知らない人のものに聞こえた。

「なに?」

 銀時はこちらを振り向く事なく、神楽に言った。

「ヅラの奴と何かあった?」

 神楽は銀時のその問い掛けに、先ほど居間で何を尋ねたかったのか分かったのだった。

 桂を追い掛けて裸同然でアパートを飛び出した。

 もしかすると、あの瞬間を見られていた?

 神楽は慌てると、あれは違うと言おうとして言葉を引っ込めた。こちらに目だけを向けた銀時が、悔しそうな何とも言えない表情をしていたのだ。

 言葉が出なかった。あんな顔した銀時は見た事がない。神楽は俯くと、ボソリと小さく呟いた。

「ヅラは……銀ちゃんを大事に思ってるわ」

「じゃあ、やっぱアレはお前だったの?」

 神楽は銀時に、どうしてああなったのかを説明をしようと思った。全て勘違いなのだと。勘違いが重なって重なって、あんな事になってしまっただけだと。だが、それを銀時が信じるかは分からなかった。

 分からせるには、言葉だけじゃ無理? 私が好きなのはあんたらだけなのに。

 悔しそうな表情をした神楽は、息を吐くと顔を上げた。

「つまり……やったか、やってないか。そう言う事が聞きたいんでしょ?」

 急に強気になった神楽に銀時は動揺すると、体ごとこちらを向いた。

 神楽はそんな銀時に迫ると、銀時の胸を指で突いた。

「私があんな長髪の優男に惹かれる女だと思う? それにあのNTR好きが、誰のモノでもない私に興味あるとでも思ってんの?」

 まるでムチでも握る女王様のような雰囲気に、銀時は縮み上がっていた。

「あの男に抱かれたかどうか、なんなら確かめてみる? 私は別に構わないけど?」

「……ぎ、銀さんが悪かった。なんか知んねーけど疑った俺が悪かった!」

 神楽はそれで良いと頷くと、銀時の腕を取って玄関へと引っ張った。だが、銀時はモタモタとブーツを履くと神楽に言った。

「やっぱ、お前戻って来ねぇ?」

 神楽は玄関戸を開けようとしたが、背中に投げ掛けられた銀時の言葉にその手を止めたのだった。

「何があったか知らねーけど、あんな格好で男と居たら、勘違いされたっておかしくねぇだろ。つか、何でアイツが出入りしてんだよ」

 神楽は銀時が何故この自分に戻って来て欲しいと思うのか、明確な答えが見つからないでいた。心配だからなのか、万事屋の信用に関わるからなのか。それとも、お妙の言葉通り淋しいからなのか。はたまた、その全てか。

 神楽は銀時の言葉が素直に嬉しかった。しかし、それと同時に苦しみも感じていた。

 もう、こうなったらハッキリとキッパリと白黒つけるべき? 

 しかし、神楽はそれで自分が救われても、銀時と新八にしこりが残るのでは意味がないと、現状をどうにかする事は考えないようにした。

「ヅラからアパートを取り上げたからよ。もう良いでしょ? その話」

 神楽は戸を開けると新八の元へ、銀時と2人で向かったのだった。



【4】


 1人での夜にも慣れ、家事も少しは上達した。仕事が休みの日は、丸一日銀時にも新八にも会わない日があり、どうにかこのまま昔の自分に戻ることが出来ればと神楽は考えていた。


 一日の終わり。神楽はアパートの窓辺に座り、万事屋の屋根を眺めていた。今夜は大きな満月が空に浮かび、まるで昼間のような明るさで町を照らしていた。

 あの部屋の中で、銀時は何をしているのだろうか。きっと漫画雑誌を読み散らかしているに違いない。

 神楽はそんな空想に耽っていた。だが、実際は相変わらず部屋にはいないようで、万事屋には定春が1匹留守番をしているのだった。

 神楽は寝る前にコンビニへ行こうとアパートを出て階段を下りた。すると、アパートの前の道でウロウロとしている怪しい人影を見つけた。

「まさか泥棒?」

 神楽が不審な人影に気が付くと、その人影は逃げるようにアパートの裏に隠れた。追い駆けた神楽は戦闘態勢を取ると、町の治安を乱す者は悪だと言って飛び掛かった。

「待て! 神楽ァ!」

 聞き覚えのある声。月明かりに照らされた人影は、銀色の髪を夜風に揺らし鈍い輝きを纏っていた。

 神楽は自分の下で慄いている人物が銀時である事にようやく気付くと、慌てて体の上から下りたのだった。

「何してたの? まさか……」

「は、はぁ? 迷子になったとかじゃねぇからな」

 神楽は銀時の腕を引っ張って立ち上がらせると、立ち話もなんだからと銀時をアパートの部屋へと招いたのだった。


 初めて神楽の部屋を訪れた銀時は、小さなちゃぶ台の前に正座すると、キョロキョロと落ち着きがなかった。そんな銀時の様子に神楽はおかしいと声を上げて笑った。

「うるせー! つーか、家事とかお前、ちゃんと出来てんの? 洗濯機ぶっ叩いて壊してねぇだろうな?」

「私を何だと思ってるのよ」

 神楽は立ち上がり台所へ行くと、銀時にただの水道水が入ったグラスを渡した。銀時は、一瞬目を大きく開けると驚いた顔を見せたが、すぐに笑ってそのグラスを受け取った。

「そんなに呑んだつもりねーんだけどな」

「何言ってんの。臭くてすぐ分かるわよ。本当に臭い」

 神楽の言葉に銀時は顔を歪めるも、どこか安心してるように見えた。

 それは神楽も同じであった。こんな会話が出来る内は、何も変わっていないと思わずにいられない。しかし、一瞬の無言が空気を重くする。吸っても吸っても肺に取り込めないのだ。神楽は何か話さなければと言葉を探したが、銀時の方が先に言葉を見つけた。

「新八がな、行けってしつけーんだよ」

 神楽は銀時の隣に座ると、静かに話を聞いていた。

「別に万事屋で会うから必要ねぇつってんのに、あいつ馬鹿みてぇに頑固だろ? ほぼ脅迫だぜ。あんなもん」

 今日、銀時が神楽の元を訪れたのは、どうやら新八の差し金のようであった。

 神楽は新八がどうしてそんな事をしたのか、理由には気付いていた。新八は、神楽が銀時と共に生きて行けば良いと考えているのだろう。だが、銀時もきっとそれと同じように、神楽は新八と生きて行くべきだと考えている筈で――

 神楽はだからこそ、どちらにも想いを傾けることが出来ずに苦しんでいるのだ。

「それで呑みに出たついでに寄ったの?」

「あぁ、まぁ」

 銀時はハッキリとは言わなかったが、神楽には分かっていた。酒を呑まなければ来ることが出来なかったのだと。感覚を麻痺させて誤魔化さなければ、神楽が1人で暮らす部屋へと訪れることが出来なかったのだろう。

 どこか弱気に見える銀時に、神楽の心臓は余計なリズムを刻んだ。

 銀ちゃんの側に居てあげたい。

 神楽は銀時の横顔を見ながら、そんな事を考えていた。

「毎晩、1人で泣いてない?」

 銀時は、やや上気した頬で神楽を見ると顔をしかめた。

「だーれが泣くかよ。ガキじゃあるめぇし」

 神楽はそう答えた銀時に柔らかく微笑んだ。

 忘れていたのだ。たとえ淋しくても、素直にそれを表せないひとだったと。

「そう。銀ちゃんが淋しくて仕方ないって言うのなら、戻ってあげようと思ったのに」 

 神楽は壁に背をもたれると、畳に顔を向けてそう言った。

 本心なのだ。今、口にしたことは。

 銀時がどうしてもと言うのなら、折れてやっても良いと思っていた。それくらい本当は離れたくないのだ。

「そらァ、こっちのセリフだ。てめーが淋しくてしゃーねぇつーなら、戻って来たって……俺は構わねぇけど」

 神楽は顔を上げると、どこか照れ臭そうな銀時を見た。

「あーあ、やっぱ呑んで来くるんじゃなかったな!」

 本当に万事屋へ帰ってしまおうか。

 神楽はそう思ったが、今この瞬間でさえ体が熱く疼くのだ。この身を抱き締めて欲しいと。そんな状態では、やはり共に生活して行く事はもう無理であると分かっていた。

 急に静けさを取り戻した部屋は、2人にはあまり似つかわしくなく、安らげる空間ではなかった。銀時はそんな空気に耐えかねたのか、窓の外を眺めると、万事屋の屋根を見つけたようだった。

「随分と近ぇな」

「屋根渡って行けば、直ぐ着くわ」

 銀時は何かを考え込むような硬い表情になると、万事屋の屋根を見つめていた。

 神楽もその視線の先を同じように眺めると、ふとガラスに反射する銀時と目が合った。その瞳は酔っ払いのだらしないものでも、死んだ魚のような目でもなく、芯のある強い眼差しだった。

「神楽」

 銀時の低い声が神楽の名を呼んだ。

 名前など幾度と呼ばれているにも拘らず、神楽の体は痺れ、僅かに震えていた。

「何?」

 神楽は瞳を逸らさず銀時に尋ねた。 


BOOTHにて販売中!