名誉童貞/新神※2年後
志村新八、18歳。既婚。職業は真選組二番隊隊長。義兄は真選組トップである近藤勲だ。姉をゴリラに嫁がせたは良いが、悔しさと寂しさと安堵と……色々な複雑な感情が渦巻いた。どこか母親を取られた子供のような気分なのだ。そうして毎晩枕を濡らしている所に舞い降りたのが天使こと今の嫁である。
「そんなに寂しいなら、一緒に暮らしてやっても良いネ」
そう、その嫁は何を隠そうあの万事屋の神楽であったのだ。
結婚して一年と少し。新八と神楽は仲良く夫婦生活を送っていた。美少女で有名な神楽を16歳で嫁にもらい、誰からも祝福されて結婚した。何も言うことはない。神楽の料理も少しは上達したし、何よりも元気でよく働く。その上、家に帰ると眠らずに待っていてくれるのだ。
「アレ? 新八、今帰ったネ?」
うたた寝していようとも、その可愛い嫁の姿に新八の頬は緩みっぱなしであった。
そんな可愛い若妻を新八は精一杯愛してやった。万事屋時代よりも格段に跳ね上がった給料で美味しい物をたくさん食べさせたり、定春だけじゃなく色んな動物と暮らせるようにしたり、たまには一緒に風呂に入って背中を流しあったりと、幼いながらにも夫婦の絆を育てていたのだ。
「か、神楽ちゃん……今夜は……その……良いよね?」
夜、一つの部屋に敷かれた二組の布団を前に新八が尋ねれば、頬を桜色に染めた神楽がおもむろに頷く。
「そ、そんな事いちいち聞くなヨ……夫婦デショ?」
そう言って湯上がりの神楽が新八の寝間着の袖を摘むと、新八の新八が新九や新十に変貌を遂げる。
今夜はもうむちゃくちゃにめちゃくちゃに愛してやろう。そう決意すると二人は布団に雪崩れ込むのだった――――――
と、ここまで聞けば甘酸っぱい新婚ののろけ話だが、話はここからが本題であった。新八は大いに悩んでいた。それは新八にとっては重大な問題であり、いい加減に解決しないと……離婚にも発展するようなそんな気がしていたのだ。そうして、あまりにも悩みすぎた新八は遂に銀時を一軒の飲み屋に呼び出した。こんな事を相談出来るのはもう銀時しかいない。そんな風に考えて。
「よう、新八。お前が話なんて珍しいじゃねぇか」
何も知らない銀時は新八の向かいに座ると、店員の持って来たお絞りで手を拭った。新八は万事屋をやめてからも銀時の事を今まで通りに慕っていた。結婚式のスピーチも真選組ではなく、銀時に頼んだほどなのだ。
「それで? 神楽とうまく行ってねーって?」
突然、そんな言葉を口にした銀時に新八は開いた口が塞がらなかった。
何故わかったのか。顔に書いてあるのか。それとも神楽から何か聞いたのか。新八は思わず自分の頬を触るも、少し乾燥した肌がそこにあるだけであった。
「あ、図星か。いや、お前が俺に相談とかロクな事じゃねぇとは思ったがまさかな。つーか相談に見せかけたのろけ話なら、ほんっとにぶっ殺すぞ」
「いや、殺さなくてもいいでしょう! じゃなくて、今日は本当に相談なんですよ」
銀時はテーブルの上の料理に適当に手を伸ばすと、箸で摘んで口に放り入れた。
「で? 神楽が浮気してるって?」
新八は顔を真っ青にした。冗談でもそんな言葉など聞きたくはないのだ。すると、新八の様子に気付いたのか銀時は乾いた笑い声を上げると、グラスに注がれた日本酒に口をつけた。
「ばーか。お前そんなもんも笑い飛ばせねぇでどーすんの? 夫ならドンっと構えとけよ」
「いや、簡単に言いますけどね……ハァ」
新八はため息を吐いた。あながち銀時の指摘が間違ってないような気がするからだ。ドンと構える。これさえ出来れば今の悩みなんてどうって事ないハズなのに。新八はズレ下がった眼鏡を中指で押し上げると、椅子の上に正座したのだった。
「銀さん。今から話すことは……他言無用でお願いします」
銀時は焼き鳥の串を口に加えながら頷いた。
「んなこたァわーってるっつうの」
しかし、新八を見下ろす瞳は好奇で満ちており、内容によってはばら撒かれるような恐怖心を感じた。だが、ここは銀時の言葉を信用しよう。そうじゃなけりゃ、もうどこにも吐き出す事が出来ないからだ。新八は唾をゆっくり飲み込むと、向かいの銀時に身を乗り出して小さな声で話した。
「実は銀さん、僕ら……まだ……なんです」
銀時は耳を傾けながら串から焼き鳥を抜き取ると、モグモグと口を動かしていた。
「ほーん? え? 何が?」
新八は思った。この雰囲気でこの感じだと普通は気付くだろ、このボケはと。
「だから、分かりませんか? 夫婦なら普通にある《アレ》が……まだなんです」
銀時はまだモシャモシャと口を動かしながら上の空だ。
「は? だから何だよ? もしかして夫婦ゲンカとか舐めたこと言ってっとぶっ殺すぞ」
「だから、そうじゃないんですよ! 本当にわからないんですかッ!? 夫婦が夜暗い所で裸になってする《アレ》ですよ!」
すると上の空だった銀時の焦点が新八に合わされた。
「オイオイオイオイ! まさか《アレ》じゃねェだろーなッ!」
銀時の目が明らかに驚いている。新八はこれで意思疎通が図れたと頷いた。
「そうです。初夜がまだなんです」
しかし、銀時の反応は思っていたものと全く違った。
「ハァアア!? 何それお前! まだ神楽と《長めのピー音》してねぇのッ! お前の《新八》どうなってんだよ!」
店中に響き渡るデカい声。カウンターの向こうにいる大将までこっちを見ている。新八は急いで銀時の口を塞ぐと、空いてる手で首を締めたのだった。
「ふざけるなッ! なんでそんな大きな声で言うんだよォォオ!」
「お、オイッ! 銀さん死ぬ! 死んじゃうゥゥ!」
涙目の新八に銀時はタップすると、どうにか二人の体は離れた。だが、新八はどこかニヤニヤとしえ見える銀時を睨みつけた。
「相談しなきゃ良かったです。僕がバカでした」
「あぁ、そうだ。てめーは大バカものだ。いいか? あんなにスケベな体に育った神楽を前にして勃たねぇなんてな、男の恥だぞ」
「いや、その勃たないワケじゃないんですよ。銀さんじゃあるまいし」
「あ、そう? え? 今お前なんつった?」
新八はすっかり泡の消えてしまったビールに口を付けると、ジョッキを少々乱暴に置いた。
「とにかく! 童貞と処女じゃあマトモにセックスなんて無理なんです!」
その言葉を聞き終えた銀時は、ニンマリと笑いながら顎に手を置いた。
「あー、ハイハイ。そういう事。女の勉強なんて遊びながら覚えるのが一番だ。よし! ぱっつあん! 今から吉原行くぞ、吉原!」
しかし、新八はブンブンと頭を振ると大げさに喚いた。
「そうじゃないんですよッ! 僕は神楽ちゃん以外に捧げる気なんて微塵も、これっぽっちもないんだ!」
少々酔い始めている新八を面倒くさそうな目で見ている銀時だったが、新八の純真さを再認識したのかそれ以上言いはしなかった。
「じゃあ、お前ら一生子供も作らずに二人でやっていくのか?」
新八はその言葉に銀時を見た。確かにそんな人生も悪くはないのかもしれない。だが、いずれは家族を増やしたいと思っていた。その為には恥を忍んでどこかで学ばなければいけないのだ。セックスのやり方を。
今までだってそうだった。何かを得るためには、何かを失った。でもその分大きく成長する事が出来た。だからセックスだって……。
新八は腿の上に置いていた手を拳に変えると、奥歯を噛み締めた。
「銀さん……僕に、いや僕たちにセックスを……どうか教えてください」
銀時は黙って頷いた。そこには師匠と弟子の間にだけ築かれる信頼という二文字が見えた。
「新八、よく言った。それでこそ侍だ。良いか。方法は簡単だ」
「はい、銀さん!」
銀時は新八に身を乗り出すと耳打ちをした。
「手っ取り早いとこ、神楽を誰かに差し出せ」
次の瞬間、新八の眼鏡が大きくずり下がった。顔面脂まみれだ。嫌な汗が噴き出た。それは未知の感覚。嫉妬? 嫌悪? それとも好奇? 新八はゆっくり息を吸い込むと、吐くのと同時に言葉を出した。
「それってつまり《仕込ませる》って事ですか?」
銀時は黙ったまま頷いた。
確かに何故セックスが出来ないのかと言えば、いい雰囲気になっていてもいざとなると、神楽が痛みに暴れ、新八を蹴り飛ばすからだ。一度や二度なら未来も明るかったが、この一年の間ずっとなのだ。しかし、デリケートな問題だけに互いにはっきりと口には出せないのだった。
「お前が神楽を大事にしてる気持ちは分かる。けどな、昔なんて新婚の夫婦に仲人が、手取り足取り教えるなんざフツーだったんだぜ? それなら《おあいこ》で済むだろ?」
突飛な発想に思えたが、新八もどこかでそんな話は聞いたことがあった。先輩夫婦に教えてもらうなんて――――そこで新八の頭に浮かんだのは、仲人である近藤夫妻だ。つまり実姉と義兄である。あの義兄という肩書のゴリラが大切な神楽に手を出すなど、想像しただけで抹殺ものである。と言うか自分が実姉に手取り足取り教えてもらうなどあってなるものか。
「絶対にダメですよ! 近親はダメだろ!」
すると銀時もこの提案はまずかったと認識しているのか、テーブルに頬杖をついて顔を歪めた。
「そうだよな。仮に神楽とお前んとこのゴリラと繋がったとして、子供は生まれながら背中に十字を背負ってるようなもんだよな。さすがにそれはマズイわ」
整理してみると、生まれた子供は新八の甥であり、神楽の息子であり、姉の甥であり、ゴリラの息子であるのだ。
「なんだよそれ。ゴリラの息子の時点で人生詰みだろ」
何よりもやはり近藤に実姉まで取られた上に可愛い神楽まで取られるなど、たまったもんじゃないのだ。絶対に許されない。新八は銀時の提案を突き返した。
「じゃあ、他なら良いのか?」
他。その言葉は曖昧であり、しかし未知の可能性を秘めていた。新八は誰かに神楽を差し出す気などさらさらなかったが、話だけならと銀時の言葉に耳を傾けた。
「ゴリラの息子じゃなきゃ良いんだな? つうか、お前んとこの上司とかどうだよ。切羽詰まった顔で頼めば一発くらい余裕じゃねェの?」
お前んとこの上司。それは真選組の副長・土方十四郎であった。新八は土方の顔を思い浮かべると、そんな事言えるような間柄じゃないと首を振った。
「でも、部下が結婚して一年も経つっつうのに、セックスもまだなんて知れば、上司なら家に酒飲みにきたついでに……なぁ?」
「なぁ? ってなんですか! だいたい神楽ちゃんが土方さんとそんな関係になるわけないでしょう!」
しかし、考えると土方はいまだ独身でいる事が不思議なほどによく出来た男であった。まぁ、多少気難しそうな一面もあるが、大抵の女性なら喜んでついて行くように思えた。なのに、いまだ独り身だ。これは何かとんでもない性癖でもあるのでは? 新八はそう考えた。たとえばマヨネーズプレイなんていう、グロテスクでアブノーマルなプレイじゃないと果てることが出来ないだとか、セックス中も煙草を吸い続けないとイケなくて他のものが吸えないだとか。
バカバカしい。新八はフッと笑い軽く頭を振ると銀時を見た。
「あんなプレイする人より、童貞の方がずっとマシですよ。神楽ちゃんもきっとそう言ってくれるハズです」
「いや、お前何を想像したんだよ。あんなプレイってどんなプレイよ。つうか、神楽はどう言ってんの?」
新八は黙った。どうも言ってないからだ。神楽は何も口にしない。新八を蹴って謝って終わりなのだ。
「ふぅん、そういうことか。お前ら、体くっつけるよりも先によく話し合えよ」
確かにそれはもっともな意見である。だが、勢いでどうにかなるとずっと思っていた。結局、それだけじゃどうにもならなくて、話し合えるなら初めから悩んでいないのだ。
「そう言えば、お前らさすがにキスは済ませてんだろうな」
その言葉に新八は軽く頷きながら答えた。
「あぁ、まぁキスは済ませてますよ。式でもしてたでしょ? と言うか神楽ちゃんと知り合ってわりとスグにしましたよ」
そんな衝撃的な発言に銀時は思わず立ち上がった。
「いやいやいや! いつゥ? 銀さん全ッ然しらなかったんですけどォオ!」
新八は大声を出す銀時に面倒くさそうな顔をした。
「いつって、線路でポリバケツに入って二人で転がってる時ですよ。彼氏いるの? って聞いたらいないとか言うんでキスくらいはね。なんか銀さんがホラ、格好つけてスクーターとか乗り回してた頃ですよ」
銀時は白目を剥いていた。だが、新八は気にせずにぬるくなったビールを喉に流し込んだ。
「本当にどうすれば良いんですかね」
新八は全く見えない未来に暗い表情を浮かべていた。離婚だなんて絶対にあってはならないのだ。それは海坊主と神威が怖いからと言う理由だけではない。生涯かけて幸せにすると誓ったのだ。その約束を守れないなど己が一番許せないのだ。
「僕は侍だ……」
新八がポツリと呟いた。すると銀時は新八の隣の椅子に移動した。そうして肩に手を置いた。
「なら、腹くくれ」
新八は頷いた。こうなったら――――――
「沖田くんに神楽を調教してもらおう」
そんな銀時の言葉に新八は口から泡を吹き出した。
「沖田さんだけは絶対にダメだ。あの人だけは絶対に……」
沖田がどS王子だと言うことはこの界隈では有名な話だ。神楽が喜んで股を開くようになったとしても、それは全て沖田の命なのだ。喜んで奉仕するも神楽の頭の中には沖田の姿しかないのだ。そして、最後は沖田に新八とのプレイを逐一報告されて……惨めだ。新八は体を震わせ恐怖に慄いていた。
「じゃあ、どーすんの? ゴリラも嫌、上司も嫌、調教師も嫌。そんな事言ってたらお前一生童貞だからな!」
一生童貞。なんだかとても名誉のあるものの様にすら思えてきた。
別に一生童貞でも良いかも。そんな言葉が頭に過る。そうして嫁がいながら一生童貞を守った男としてかぶき町に銅像が建てられるんだろう。名誉童貞。新八はそんな事を考えると少し力が抜けた。
「それにしても、なんでそんなに痛がるんだよ。ちゃんと濡らしてやってんのか?」
「濡らす?」
新八の頭に疑問符が浮かんだ。濡らすなど一体何でどう濡らすのか……まさか自分が知らないだけで男は皆、女性の下腹部に向けて放尿を……!?
「で、出来ませんよッ! そんなこと! もしかして肉便器ってそういう意味だったんですかァア!」
「いや、何しようとしてんだよッ!」
違うと銀時は言うと、驚愕している新八に小声で耳打ちをした。
「神楽の……あれだ、中に指を入れてやるんだよ……」
新八の新八がそれだけでデストロイモードに突入した。
「あふッ、ぎ、銀さん……そ、そんな……あふッ、ことしちゃって良いんですか……ひんッ!」
歯を食いしばるも想像上の神楽だけで新八は昇天してしまったらしい。苦笑いを浮かべた銀時は新八から少し離れた。
「良いか? 鼻の穴に準備もなしにスイカ入れるようなもんだぞ? まずはパチンコ玉で慣らして、それから徐々に大きさを変えるんだよ」
「そ、そういうものですか」
新八は慌てて手帳にメモを取った。《パチンコ玉を鼻の穴に入れる》
「最終的に指が……まぁ2、3本入るようになれば、痛みもマシになるだろう」
「へ、へぇ~、そうだったんですね……」
新八はそれも手帳に付け足した。《指を3本突っ込む》
「もし、それで駄目つうなら……最終奥義だ。銀さんが、まぁその……相手してやるよ」
新八は持っていたペンの動きを止めると顔を上げた。銀時なら、どこかそんな風に思ったのだ。銀時になら大切な大切な…………新八は頷いた。
「分かりました、その時はお願いします」
銀時も新八の覚悟に胸を熱くさせたのか、二人は固い握手を交わした。
翌日の夜のことだった。風呂あがりの新八は先に布団で横になっている神楽の枕元に座った。
「まだ寝ないネ?」
「い、いや、その……今日は出来る……気がするんだ」
そのぎこちない言葉と赤い顔に神楽も何のことか察したらしく、かしこまって布団の上に正座した。
「する……アルカ?」
新八は頷いた。今日もし駄目ならばその時は――――――一世一代の勝負に出たのだ。だが、準備はしっかりと出来ている。抜かりはない。
「神楽ちゃん、一つ言っておきたいんだ。僕は神楽ちゃんが大好きだし、この先もずっと一緒に居たい。だけどセックスをしない人生は嫌なんだ……神楽ちゃんと……したい!」
神楽は赤い顔でうつ向くとコクリと頷いた。
「私も……したいアル……お前の赤ちゃん、欲しいネ」
「うぉぉおおおお!」
新八は我慢たまらず神楽に飛びかかると、仰向けに押し倒した。
「いい? もし今日でも駄目なら僕は……銀さんに……」
神楽はハッとした顔をすると新八の覚悟を知ったようだった。
「わかってるアル、だから私も出来るだけ頑張るネ」
新八は軽く神楽にキスをすると、すぐにパジャマのズボンを脱がせた。そして、神楽を濡すために――――――
「神楽ちゃん、これを鼻につめて欲しいんだ」
新八が取り出したのは銀色に鈍く輝くパチンコ玉であった。それまで赤い顔をしていた神楽が白目を剥いた。
「あと、出来ればもう片方の穴には指を3本ほど突っ込んでもらい……」
その辺りで神楽の蹴りが炸裂すると、倒れた新八を神楽は連れて家を出るのだった。向かった先は万事屋。神楽は乱暴に戸を開けると、居間まで踏み込んだ。そして、自分の亭主を銀時の前に掲げると言ったのだ。
「銀ちゃん、あとは任せたアル。こいつの大切な大切な童貞、さっさと奪い去るネ!」
窓際の椅子で鼻をほじっていた銀時の額に汗が滲んだ。
「え、え~っ、そっちィィイイ!?」
2015/12/13
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